経営メンバー5人で、組織の土壌について語り尽くす〜前編〜

みなさま、こんにちは。株式会社よきともの松田晶子(あっきー)です。

よきともでは「組織に心理的安全性と対話の土壌を作る」をコンセプトに、対話を通じて人と組織を大きく成長させる人財開発、組織開発サービスを提供しています。

今回は、経営メンバーの5人(ゆういち・まきこ・あっきー・みか・まさこ)で、組織の土壌について対談しました!
予定調和なし、思っていることを自由に発散しまくるスタイルで、話し尽くしています。是非、ご自身の所属する組織を思い浮かべながら、読んでみてくださいね。さあ、前編です。

組織の土壌あるいは土壌作りには、それぞれどんな想いがありますか。

ゆういち:人は、ほとんどの時間を会社で過ごしてるよね、つまり会社の土壌の中で過ごしている。そのなかで伸び伸びしている人もいるし、土壌によってどんどん弱っていく人もいる。
人の人生とか生き方に影響を強く与えるのが、組織の土壌なのかなぁと思う。人が育つも死ぬも土壌次第というか。

あっきー:これまで長くIT業界、ソフトウェア開発の現場で仕事をしてきて、次第に弱っていく人をたくさん見てきた。
私はそんな人たちに出会う度に、悲しみや、もったいないという怒りの気持ちを持ちながら、同時に、この人たちの可能性が解き放たれて、本当に生き生き働くようになったら、どんなものが生み出せるんだろうと想像してたんだよね。
その後の、いい開発チームを作りたいという原動力は、ここから来ていたと思う。

まさこ:出社前やプライベートでは、キラキラと色々なことを話す人たちが、朝出勤してくると顔がどよんとしている。そんな姿をよく見るうちに、これは何が起きてるんだろうって考えるようになった。
会社の土壌って何なんだろう、誰が作り出すものなんだろうね

まきこ:私の場合、当初入社したのは、社員数も少ない小さい会社だったけれど、何年もかけて大きくなり、現在では二十数社が合併。
当たり前だけど、土壌の養分は、小さい範囲ほど行き渡りやすい。木が増えれば増えるほど、養分は薄まっていく。そんな養分が薄い状態の時に、強い影響力を持つ木が入ってくると、その影響が広がりやすいという実感があって。木の苗の時に、土壌を豊かにしておくのが大事だなと思っている。
同時に土壌って、よくも悪くも繋がっているから、木同士は、表面上だけでなく土の中なかでも影響し合っている。多様なものを受け取る力と自分がそこに居れる力の両方があってこそ、土壌の豊かさなんじゃないかな。

みか:組織の土壌って一気に取り替えは難しいというか、よくも悪くもちょっとずつ変わる。そして、土壌の中の何かの比率が変わったときに、やっと時間がずれて目に見える違いが起きるんだなって思う。
私がコンサルタントとして組織開発を支援してきて感じてるのは、組織の中の切り分けた一部に施策をしても、それはいわば、プランターの中の土を変えようとする取組みになりがちということ。プランターの中の土壌はとっても良くなるんだけど、戻した先のもとの畑の土壌の力が強いと、せっかくプランターで培った新しい土が負けちゃう。
そういう土壌の変化って、苗からしたら翻弄されちゃうよね。「環境が変わっても育ち続けられる苗だけが強い」っていう言い方は、ちょっと乱暴だなと思う。

組織の土壌って何でしょうか。土壌ってどんなふうに作られていくのでしょうか。

みか:先ほどの例で畑が出てきたけど、私たちの考える土壌は、畑というより森だね。
畑は作物として収穫することを前提にしているけれど、野生の森は違う。
木は大きくても、小さくても、まっすぐでも、曲がっていてもいい。小さい木には、小さい位置で住まわせる動物や虫がいたり、大きい木とは役割が違う。それぞれの役割を、全て許容しているのが森の土壌

まさこ:改めて思うのは、会社の土壌って植林ではないんだということ。
個人のいろんなものと地続きになって、いろんな土を家庭からそれぞれ持ち寄ってくる。会社っていう単一の土壌ではなくて、色んなところから運ばれてくる土たちによって構成されてるのかなと感じる。

あっきー:土壌のイメージからズレるけれど、やっぱり一人一人の日々の発言とか、行動とか、態度で、そのチームの空気が作られるなという実感がある。日々の発言や態度って、その人の全人格が出るというか、何か取り繕ろったとしても滲み出るものがあると思う。
そういう一人一人が作り出すものが、長い時間をかけて一つの方向性を持ち始める。それが文化じゃないかと現場では感じていた。

まきこ:それを聞くと、新入社員の挨拶の話が浮かんできて。最初の新人研修で、徹底的に挨拶とかホウレンソウとか叩き込まれるんだよね。その子達って研修中は、びっくりするくらいの、いい挨拶(笑)。
だけど、そこから現場に異動してどうなるかっていうと、1週間くらいで挨拶をしなくなる。何があったのか聞くと、「挨拶しても誰も返してくれないんですよ」と。現場には「挨拶しない」という空気があって、そのことが強く影響しているんだと思う。一方で、現場は「今年の新入社員は挨拶をしない」って必ず言うわけ。新人たちに起きていることに自分たちが関係あることを、気づいていない

みか:まさに、プランターの苗が、現場の土壌に返された途端負けちゃうケースだね。挨拶のことは一例で、「◯◯できる人を育てよう」といって育てるんだけど、できる人を育てても根づかせない土壌もまたあるみたいな。マッチポンプ的なことが、色々な組織で起きているのかもしれない。

土壌を変化させ、それを根付かせていくにはどうしたらいいのでしょうか。

あっきー:友人のベンチャー会社のエピソードで、ある新入社員が全社会議の時に「もっとこうしたら、この会社はもっとよくなる」という提案をしたらしいんだよね。そのことがきっかけで、停滞や諦めの空気が変化していったんだそう。小さな木の苗でも変えられるんだなって。
その会社には、多様性を受け入れる土壌があったのか、あるいは彼によほど強い影響力があったのかはわからないけれど。

まきこ:そういうミラクルな存在って、数年に1人くらいは現れるかもしれない。
挨拶の例で言うと、1年間挨拶し続ける新入社員がいた。彼は自分の周りの土壌がどうであれ、自分のスタイルを貫いた。ただ彼が異動してしまった瞬間、その部署から挨拶はまたなくなるんだよね。
こういうミラクルな存在が複数いれば、根付いていくのかもしれないね人はみんな違うところでミラクルなんだけど、そのミラクルが出せるといいなと思う。

みか:経営者やリーダーが旗を振った施策が、その時の組織に上手くはまって活気づいたけど、旗振り役がいなくなった途端に活気がしぼんで、「あの人がいた頃はよかった」となったりする。
リーダーがいなくなった後にこそ、変化に対応しながら土壌を培い続けられるか。組織開発はそこが問われるんだと思う。

ちなみに経営者や組織のリーダーは森でいうと、どういう存在と捉えたらいいんでしょうか。

みか:森にトラクターで分け入って開墾するみたいな、その土壌の住人と違う立場を前提に土壌を変えようというのは、今の時代にはそぐわないやり方のように思う。根っこが繋がっていないからしんどい。
経営者も木の1本と考えたらどうだろう。そのことに経営者が気づくことで、楽にならないだろうか。
森の中の植物にはそれぞれの役割であって、そこに優劣はない。森の中の一本の木として、できることをする。そして自分も含めた植物同士の関係性で起きることを待つ姿勢が大事だと思う。

改めて、組織の土壌って何でしょうか。

ゆういち:土壌にも、色んな土壌があるよね。例えば竹林。竹って1本あると、他の植物を全部駆逐していくんだよね。ものすごい勢いで根っこを地中に伸ばして、全部竹にするんだよ。竹は、竹が育つ最高の土壌を自ら作ってるんだよね。結局、植生によって周りの土壌がかなり影響を受ける。
そうなると、いい土壌ってなんだろう。悪い土壌ってなんだろう。
少なくとも僕たちが作ろうとしている土壌というのは、多様性のある森のような土壌なんじゃないだろうか。

まさこ:改めて土壌ってなんだろうって考えると、結局それぞれの木が持ち寄ってきた土の絶妙な調和が土壌。それぞれの木がどんな根っこを持つかの集合体なんだなって思った。

ゆういち:さっきの挨拶する新入社員の例で言うと、その彼を取り囲む土は彼の心地いい状態になったかもしれないけど、彼が土ごといなくなると元に戻るっていうのは至極当然だなと思うわけ。
もし彼という木がいなくなる前に、彼の周りの数本の木が根ざす土壌も同じように変えられていたら、それはもしかすると組織が変わる可能性があるのかな。

後編に続く・・・

まとめ

組織の土壌について語り尽くした前編、いかがでしたでしょうか。
対談の中でもあるように、私たちよきともの役割は森の土壌づくり。木は大きくても、小さくても、まっすぐでも、曲がっていてもいい。それぞれの違った役割を、全て許容しているのが森の土壌です。

そもそも同じ作物を育てる畑づくりをしていたり、せっかくいいアプローチで土壌を作っても元の土壌に戻った途端、生き生き感が失われたり。従来の研修は、残念ながらこういうパターンが多かったのではないでしょうか。
私たちよきともでは、1対1とグループへの関わりを組み合わせることで、個人の土壌作りや木の成長を支援しながら、周囲の土壌との調和を目指します。是非ご興味がある方は、よきともまでお問い合わせください。

さて後編は「土壌が組織に社会に広がっていくとどうなるか」。是非お楽しみに!